鳩山由紀夫の民主党両院議員総会での退陣表明はリアルタイムでライブ映像を見た。
僕はこの人の政治姿勢をまったく評価していないが、力のこもった立派な演説だと思いました。
退陣演説の草稿をあらかじめ用意してあったとは考えにくい。ほとんどアドリブでしゃべったのだと思う。
国民に対して、自分の言葉でメッセージを伝えることができる総理というのは、小泉純一郎以来である。
まあ、この人ならではのあまりに認識の甘い理想主義的な言葉がちりばめられていて、恥らむ部分もあるのだけれど、少なくとも、この人は、情報発信力を持っているという意味では、総理の器の人物だったと思います。

メディアは例によってその後は、この退陣声明をそのままフルで流すことはなく、自分たちにとって都合のいいところだけを切り取って、やれヒヨドリとムクドリを間違えただの、相変わらず空気読めないだの、沖縄の人に謝れ宮崎の人も怒ってるぞと、メディアスクラムを組んでバッシングし放題だが、鳩山の演説の中の一番本質的かつ重要な部分は、その後、昼のニュースでも夜の報道番組でも、僕の見た限りどのテレビ局も放送しなかった。

彼は、こんなことを語ったんですよ。

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私はつまるところ、日本の平和、日本人自身でつくり上げていく時をいつかは求めなければならないと思っている。米国に依存し続ける安全保障をこれから50年、100年続けていいとは思わない。そこのところも、ぜひ理解をいただいて、鳩山が何としても、少しでも県外に(米軍基地を移設する)、との思い、ご理解を願えればと思っている。その中に、今回の普天間の本質が宿っていると思っている。
 私の時代は無理だが、あなた方の時代に、日本人の平和をもっと日本人自身でしっかりと見詰め上げていくことができるような環境をつくること。現在の日米の同盟の重要性は言うまでもないが、一方でそのことも模索をしてほしい。私はその確信の中で、しかし、社民党を政権離脱という大変厳しい道に追い込んでしまった。その責任は取らなければならない。そのように感じている。
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鳩山が「(普天間の基地を)国外へ、最低でも県外へ」と発言していたとは、昨年の総選挙の時点では、僕はまったく知らなかった。
まあ、僕が不勉強なだけだったのかもしれませんが、少なくともメディアがその発言をその時点で大きく報道することはなかったとは思う。
僕がこの鳩山発言を知ったのは、総選挙の1ヶ月後くらいに、たまたま沖縄出身の学生と話をする機会があったときである。「普天間基地を国外に」と選挙中に鳩山が言ったのだと聞かされて、僕は思わず失笑してしまった。
彼もうなずきながら、
「そう簡単に実現するとは沖縄の人は誰も思ってないですよ。でも、志がいいじゃないですか」
と語っていた。海兵隊の基地を沖縄の外に移すなんてことが、そう簡単にできるわけがないというリアリズムは、ほとんどの沖縄の人たちも持っていたのではないか。そうであれ、その志はよし。それくらいの気持ちで投票した人が大多数だったんじゃないの。
だいたい、橋本とクリントンの合意以降の名護市長選は、毎回、辺野古への海兵隊基地受け入れ賛成の候補と反対の候補が接戦を演じているわけで、沖縄の人たちは「何が何でも基地に反対」というわけでもない。
沖縄の人たちの多様な声、多様な意見を拾っていくのが本来はメディアの仕事のはずだが、メディアはスクラムを組んで一面的な報道を浴びせることで、沖縄を「反米軍基地の島」にしてしまった。これは本当に恐ろしいと思う。
基地で家族が働いている人、基地が生活の基盤になっている人、様々な利害関係の人たちが沖縄にはいるわけだが、もはや彼らは声を発することもできない。基地賛成とでも言おうものなら非国民扱いだろう。
そしてそうした「反米の島」に未だに多くの米軍の兵士たちがいて、朝鮮半島は一触即発、いつ戦争が起きても不思議ではない緊張状態の中にいる。

状況は危機的である。

鳩山自身のあまりに軽い発言が、事態を混乱させたのは事実だろうが、それでは、彼が慎重に言葉を選んで事にあたっていればこの問題は解決したのだろうか。そうではないだろう。

メディアでは、したり顔の軍事評論家が海兵隊の基地を徳之島に移すことの技術的困難を得意げに講釈し、コメンテイターは鳩山の言葉の軽さを責め、政治評論家は平野官房長官の無能さを嘆いてみせるが、そうした技術的な問題、個人の資質の問題など実は末梢的なことに過ぎない。

「普天間(問題)の本質」とは、鳩山自身が語っているように「米国に依存し続ける安全保障をこれから50年、100年続けていい」のかということに尽きる。
メディアは鳩山を完全に馬鹿扱いしているが、退陣表明の演説から伺えるとおり、彼はこの問題の本質は正確に把握している。
そして、鳩山が手をつけてしまった問題の「深さ」に民主党の幹部たちも気がついているから、岡田も管も、そして小沢も、この問題については、ほとんど何も語ることをしなくなってしまった。

鳩山の退陣声明の直前にTBSのテレビを見ていたら、TBSのアナウンサーだか解説委員だかが「長期政権の総理は皆がまん強く、失敗体験から学んで長期政権に繋げていった」みたいな間抜けな解説を得意げにやってた。
そしたら、一人のコメンテーターがぽつりと一言、「長期政権ってみんな親米ですよね」とつぶやいてましたけどね。

親米政権は長期政権になり、反米政権は短期政権になる。
親米か反米かというのは思想信条の問題ではない。
日本国が実は独立国ではなく、アメリカ合衆国の軍事的属国であるという現実を認めるかどうかの問題である。
親米とはつまり「日本国憲法」と「日米安全保障条約」とを共に受け入れるということである。

戦後レジームの根本的な見直しを唱え、日本国憲法の改正の必要性を示唆した安倍晋三は親米ではない。
同様に、沖縄からの米軍基地の国外移転を理想として語った鳩山由紀夫は親米ではない。

「日本国憲法」と「日米安全保障条約」とはまったくの異物であり、この両者を矛盾なく併せ呑むことは原理的にはできない。
自由民主党は自主憲法を作ることを党の規約に盛り込みながらも、現実の政治のレベルではアメリカ合衆国の政策に従順であることを選んだ。
日本社会党は、思想信条は反米を装いつつも、アメリカ合衆国が日本に強制した「日本国憲法」をファナティックに信仰してみせた。
自由民主党は核の部分に反米の種子を宿した「親米政党」であり、日本社会党は反米の衣装をまとった「親米政党」である。
2種類の親米政党が、いや別の言い方をすれば、2種類の反米政党が、お互いに対立しているかのように見せながら、「日本国憲法」と「日米安全保障条約」という相矛盾するものを、結果として受け入れるためのシステム。それがいわゆる55年体制というやつだろう。

そして、そうしたシステムは完全に破壊されてしまったにも関わらず、やはりこの国はそこから一歩も前進することはできない。

状況は絶望的だね。